ロシア正教を信仰するオロス族はロシア民族と同じ。新疆では唯一のスラブ系民族です。1997年の新疆在住者は9200人で、内モンゴル、黒龍江省も含めれば約13500人が中国各地に居住しています。そのロシア人が新疆に住んでいるという背景には、苦難と悲劇に満ちた歴史に彩られています。

 18世紀前半にロシア帝国がカザフ草原を版図におさめると、ロシア人はオアシス地帯に侵入し、ヒヴァ、ホーカンド、ブハーラのウズベク三国を征服しました。その後のロシア帝国による東方への領土拡張政策で、西トルキスタンから東トルキスタン(新疆)への侵入がありました。

 彼らは1917年のロシア革命のあと、移住者の大部分が中国領内に残りました。その後、1933年の民族革命では国民党省政府軍の一員として、44年の東トルキスタン共和国政府樹立の戦いには民族軍の一員として、新疆における独立運動に直接、参加しました(01年『季刊中国』春季号の拙文「イスラム教の動向と中国の民族問題」をご参照下さい)。

 ロシア革命を逃れて新疆に亡命したロシア人は、文革時には「ソ連修正主義は出て行け!」といわれのない迫害に遭い、無慈悲にも追放されました。私もウルムチから車でイリのイーニン市に向かう際、天山山脈の山中で造反派に追放されて廃屋となり、朽ち果てようとしていたロシア風住居を目撃して、文革の冷酷さと流浪の悲劇を背負ったオロス族の歴史の悲哀を深く感じたものでした。

 オロス族住民の人口移動は激しく、新中国成立後、オロス族のソ連領への大規模な移動がありました。53年の人口調査で22656人とされていた新疆居住のオロス族は、64年にはわずか1326人に激減していました。いわばロシアに身寄りもなく、中国に取り残された人々なのです。スターリンによる抑圧や中国での文革など、原因とはいえ、少数民族は、いつでも大民族による圧迫や迫害あるいは中ソ大国間のはざまにあって翻弄されるのかという思いを強く抱かされます。



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