チベット・悲劇の歴史

わたしは数年前、山の仲間とともにチベット西部の聖山・カイラスへのハード・トレッキングに行きました。25万㎞も走った日本製ランドクルーザー３台に分乗したわたしたちは、地球温暖化の関係でしょうか、凍土が川となって溢れ出し、毎日、車のスタックの連続でした。それらのアクシデントが原因でカイラスに到達することが叶いませんでした。

チベット人との交流では貴重な経験をしました。自動車整備工場などまったくない標高４～５千㍍のチベット高原で毎日、車が河にはまって修理しなければならないのに、かれらは竹ベラひとつですべてを修理してしまうのです。

チベット人の主食はツァンパです。日本で言えば、さしずめ「麦こがし」です。バター茶でこねて食べます。祝い事や来客があればヤクや羊の肉を出します。

日本では想像だにできない貧しい食生活ですが、かれらは貧しいなどと思ってはいません。神様の宿る同じチベットに生きていることを感謝しているのです。遊牧民の住居もヤクの皮でテントをつくります。燃料もヤクのフンです。ヤクが居なければチベット人の生活は成り立ちません。

　チベット高原の北にあるチャンタン高原は、青海省西南部からチベット自治区北部にかけて広がる５千㍍級の高地地帯で、チベット高原の中でも、とくに自然の厳しい地域です。厳しいということは、ほとんど手つかずの自然が多く残っているということです。

　チャンタン高原には６千㍍以上の峰が幾つも点在し、なかでもニェンチェンタングラ峰（７１１７㍍）は、カイラスについで聖なる山として、チベット族に崇められています。ここにも伝統的な遊牧生活を送人々が暮らしています。

いま、チベット全体が漢化の大波に呑み込まれようとしています。しかし、悠久の歴史と深い信仰にもとづいた生活を送ってきている彼らチベット民族は、アイデンティティーを失うことなく生きていくことでしょう。

踊りを伴わない「ルー」と呼ばれる歌のジャンルがあります。２人の娘さんが唄っていたその高く澄んだ歌声は、わたしの胸に深く響きました。

　東から昇る太陽に光が前方の寺院に当たる。
　その輝きは私たちが編んだ敷物のようだ。
　その敷物には尊敬する神様が座っている。
　その神様に、羊が肥え、暮らしが豊かになるよう祈る。

チベットは中国に５つある自治区のうちの１つで、中国の南西部に位置しています。長さ2400㎞、幅200～300㎞のヒマラヤ大山脈があり、この大山脈の平均標高は6000㍍以上、世界最高峰のチョモランマがネパールとの国境に聳え立っています。

平均標高は4000㍍で、面積は122万平方㎞。首都ラサの郊外にあるクンガ空港は標高が3600㍍という高さにあります。

チベット族は主にチベット自治区および青海省、甘粛省、四川省、雲南省などのチベット族自治州に住んでいます。というより、それらの地は、もともとチベットの国の土地だったのですが、中国の統治下のもとで、中央政府によって現在の区域に狭められたのです。

チベット族の人口は約500万人。そのうちチベット自治区内の居住者は90年の国勢調査では２４５万人。しかし、1960年の人民解放軍による侵攻以降、当時600万人の人口のうち５人に１人にあたる120万人が死に、10人に１人のチベット人が入獄の経験を持っているという悲劇の民族でもあります。

チベット文字は紀元７世紀ころにサンスクリットの字体を参照してつくられた、左から右へ横書きされる表音文字です。また、ほとんどのチベット族はチベット仏教を信仰しています。

チベット族の祖先は、ヤルツァンポ河中流域で生活をして子孫を増やしてきました。６世紀頃、ロカ地区ヤルン部落の首領が部落群の指導者になって「ツアンプ」と名乗り奴隷社会に入りました。７世紀に至ってソンツェン・ガムポがチベット全域を統括しました。

これは歴史上「吐蕃」と呼ばれています。一時期は長安の都まで侵攻するほど吐蕃の力が強大になった関係で、唐朝が文成公主にソンツェン・ガムポ王と政略結婚をさせたことは有名な話です。モンゴルの元朝はチベット仏教を国教化しようとしたこともありますが、いわば檀家でもあったわけです。

また清の皇帝がダライラマ５世に称号を送ったこともありますが、そのとき同時に、ダライラマも逆に、清の皇帝に皇帝の称号を授けているので、歴史的には兄弟のような関係だといえます。

チベットという国が世界地図から姿を消して、およそ半世紀がすぎましたが、今なおチベット文化は人々を魅了してやみません。チベット文化の存続を願う人々は年を追うごとに増え、世界の各地で増え続けています。国を失っても、チベット民族の主体性と誇りがなくなるどころか、よりいっそう鮮明となり、世界中に認知されてきた理由はなんでしょうか。それはチベット文化、とりわけその仏教文化には国境や民族を超えた普遍的な性格があるからです。

ヨーロッパの小さな国々が抗争する中で生まれた「領土」「国境」「条約」などの概念は、西欧の植民地の広がりとともにアジアにも持ち込まれ、19世紀に入るとアジアの諸国は、大国間の争奪の対象になりました。

この嵐はチベットにも及び、1904年にはシッキム条約の不履行を口実にイギリスのヤングハズバンド隊が、10年には中・露条約に記された権利を実効的なものにしようと清朝が、チベットに侵入しました。この騒動は11年の清朝の崩壊によっていったんはおさまったものの、本当の嵐は西欧がアジアから立ち去って、インドと中国が独立したあとにやってきました。

両国の拡張主義の最前線となったチベット文化圏は、51年には中国がチベットを統治するようになり、インドはそれに対抗してシッキムやカシュミールなどを併合していきました。このような両国の国内事情によって、チベット文化圏はインド・中国の辺境に組み込まれ、国内ではさらに細かい行政単位に分割されました。

アムド（東北チベット）の大半は青海省となり、カム（東チベット）の東半分は甘粛・四川・雲南３省に組み込まれ、コンポ（東南チベット）とガリ（西チベット）の南半分（ラダック、ザンスカール、キノウル、ドルポ）などはインドやネパールの領土内に、シッキムは75年、インドの内地にそれぞれ組み込まれ消滅しました。チベット文化圏で現在も独立を維持しているのはわずかにブータン一国です。

しかし、チベットという国や民を、どの国がどのように領有しようとも、どう呼ぼうとも、チベット人にとってチベットは神々のものでしかありませんし、世界の人々の心から仏教の聖地というイメージが消えることもありません。

チベットという国が世界地図から姿を消しても、今なおチベット文化は人々を魅了してやみません。チベット文化の存続を願う人々は年を追うごとに増え、世界の各地で増え続けています。国を失っても、チベット民族の主体性と誇りがなくなるどころか、よりいっそう鮮明となり、世界中に認知されてきた理由はなんでしょうか。それはチベット文化、とりわけその仏教文化に国境や民族を超えた普遍的な性格があるからです。

ヨーロッパの小さな国々が抗争する中で生まれた「領土」「国境」「条約」などの概念は、西欧の植民地の広がりとともに、アジアにも持ち込まれ、１９世紀に入るとアジアの諸国は、大国間の争奪の対象になりました。

　この嵐はチベットにも及び、04年にはシッキム条約の不履行を口実にイギリスのヤングハズバンド隊が10年には中・露条約にも記された権利を実効的なものにしようと、清朝がチベットにも侵入しました。この騒動は11年の清朝崩壊によっておさまったものの、本当の嵐は西欧がヨーロッパから立ち去って、インドと中国が独立したあとにやってきました。

　両国の拡張主義が最前線となったチベット文化圏は51年には中国がチベットを占領し、インドはそれに対抗してシッキムやカシュミールなどを併合していきました。そのような両国の内部事情によって、チベット文化圏はインド、中国の辺境に組み込まれ、国内ではさらに細かい行政単位に分割されました。

アムド（東北チベット）の大半は青海省となり、カム（東チベット）の東半分は甘粛・四川・雲南３省に組み込まれ、コンポ（東南チベット）とガリ（アーリー。西チベット）の南半分（ラダック、ザンスカール、キンノール、ドルポ）などはインドやネパールの領土内に、シッキムは75年、インドの内地にそれぞれ組み込まれ消滅しました。チベット文化圏で現在も独立を維持している国はわずかにブータン一国です。

チベット自治区にはさまざまな自然と人文景観があります。首都ラサ市はチベット自治区の政治、経済、文化、交通やチベット仏教の中心ともなっています。ラサ市にはジョカン寺、ラモチェ寺、ポタラ宮、八角街、ダライラマの冬の宮殿でもあったノルブリンカとチベットの３大寺（ガンデン寺、レプン寺、セラ寺）などがあります。また、ロカ地区はチベット文化の発祥地であり、チベット最初のポラカン、チベット主墓、サムイェ寺などもあります。シガツエ（日則）地区の名所旧跡としては、主にヤンゾユム湖、黄金の色に輝くタシルンポ寺、バンコル・チョエテン寺などがあります。

チベット民族にはこのほかにも数限りない無数の文化・自然の遺産があります。チベット暦をもとにした各種の祝祭日、チベット文字をもとにしたチベット文学があり、チベット族の民間伝承文学・芸術、チベット考古学や各種書籍の出版、蔵医といわれるチベット医学と薬学など、汲めども尽きぬ学問領域の世界が展開されているのです。

チベット人にとってのチベットは神々のものでしかありませんし、世界の人々の心から仏教の聖地というイメージが消えることもありません。