2004年

12月22日
日本酒をたくさん飲んで、12時過ぎに寝て、朝4時に眼が覚める。
 このメモも最後になる。今日のフライトは大丈夫だろう。たぶん。
 わたしにとって長くもあり短くもあった2ヶ月間だった。
語っても語っても語りつくせない多くの出来事が、わたしの心に刻み込まれた。
 新疆は、そしてウイグル族の友人たちは、わたしに多くのことを学ばせてくれた。
新疆ョありがとう。そしてウイグルの友人たちにありがとうと心から言いたい。
しかし、本当に学んだといえるのは、これからである。さあ、“シルクロード、大変”だ。
 北京行きの飛行機は1時間遅れでやっとフライト。
 成田行きの飛行機も雪で2時間遅れでフライト。奇跡的に予定通り帰ることができた。
 ナビゲーターシートの14000kmの鬱憤を晴らして、愛車ランドローバーを駆って我が家に帰る。 
 やはり我が家が天国。ワイフと娘の笑顔が最高のご馳走。おみやげをどっさり。
 

日誌をごらん頂いた皆さん、長い間、ありがとうございました。

 2004年12月24日
                                  野口 信彦
12月21日
やはり雪には勝てなかった。イリ滞在は結局のところ、ヌルタイ・アジに会って日本語教師派遣について合意に達したこと、ヌルさんの友人たちと際限なくおしゃべりして連続十数時間の食事を何日もしたことに尽きる。
 20日は、ともかく飛行場に行こうということになり、雪が降る中をいったが、誰もおらず閑散としている。
 急きょ、タクシー乗り場に行きチャーター。1人200元。
 道路は降雪と寒さとで光り輝くほどの凍てつきぶり。タイヤはスタッドレスなどはないので、夏用のノーマルタイヤ。3000m近い天山山脈を横断していく。平坦な道で車がクルクルっと木の葉のようにスピンして回ること3回。がけ下に転落したり、車が舞い踊って最中に大型トラックとすれ違っていたらと、あとから恐怖を覚える。イブ・モンタン主演の映画「恐怖の報酬」を思い出した。そんなドライバーは下手な運転だが、「こういうときもオレは技術があるから事故にならなかったんだ」と自慢話。大柄のヌルさんとの3人の後部座席は窮屈でつらかった。午後4時に出て午前7時ウルムチに到着。実に15時間。
 “わたしは幸運な男だから、絶対に事故には会わない”という法則性のない確信を持ってウルムチまで無事にたどり着いた。オスマンの運転が懐かしかった。
 市内は前日に続いて、午後3時半から2時間、全市を交通ストップにしていっせいに雪かき。これは日本では考えられないこと。市政府の指示は、ここでは命令。まちがって車が走っているとすべて捕まえる。罰金は200元。
やむなく駐車して、コーヒーを飲みに行く。中国はお茶を、ウイグル人は紅茶をたくさん飲むので、コーヒーは普及していない。だからインスタントコーヒー。
 午後7時。おなじみの日本料理の店「平政(ひらまさ)」で新疆最後の夜を迎える。
ヌルさん夫婦と彼女の芸術学院の後輩の美女1人。刺身、サッポロビール、寿司、天ぷら・・・・おいしかった。しかし、ウイグルの食べ物になれたからだろうか、少し下痢をした。メメットもヌルさんにの家に来てお茶を飲んでかえる。
12月20日
夜、再びウルムチにもどる。
12月19日
ものすごい雪。日曜日ともかさなってどこにもいけない。ヌルさんの友人たちと3日連続で昼食と連続して夕食。果てしなく食べ、そしてしゃべりあう。夕食は逃げ出した。

12月18日
午前、古い楽器を直す仕事をしているオロス族(ロシア人)のアレキサンドル・ミハイロヴィッチさんを訪れた。
ヌルタイ・アジさんは2時ころわたしのホテルの部屋まで来てくれた。日本語教師派遣の件については、心から歓迎し感謝したいということと、結論としてはイーニン市、イリ・カザフ自治州の各教育委員会と新疆ウイグル自治区教育委員長の許可を得るに必要な申請書を孤児学校が作成するので、それに必要な書類を作成してヌルタイ・アジさんのところに送ることにある。
 前回同様、アジさんから食べきれないほど昼食をご馳走になってから、またもやきのうのヌルさんの友人たちの集まる家に集合して2回目の昼食。そこでも食べきれないほどのご馳走攻め。そして引き続き夕食。

12月17日
ヌルタイ・アジさんの学校に行く。が、本人はカザフスタンから帰ってきたが、国境の街・ホルゴスにいるので、よる電話してから会うことにする。
 オロス族(ロシア人)に会う。彼らの集落は2ファミリー5家族とのこと。初めて家屋の中を見せてくれる。続いてロシア人学校に行く。といってもロシア人の子どもは12名。あとはみな漢人の子ども。昼食、夕食ともヌルさんの同級生たちと楽しく過ごす。最高においしい料理だった。イリ一の名コックも同級生。
アジさんとは明日、新疆時間10時に電話してからになる。
12月16日
夜の便で、イリに行く。空港は前日、ホワイトアウトで一時閉鎖。今日も濃霧だったがどうやらフライトできた。フランス製のターボジェットの中型飛行機。1時間20分の予定が1時間45分かかった。久しぶりの飛行機。

12月15日
ウルムチにもどる。はじめに泊まったホテルに泊まる。
トルファンから車中同行した、歌舞団の舞踏手男女2人も一緒にヌルさん夫婦を含めてレストランでオスマンらと最後の夜を迎える。オスマンジャンはいろいろあったが、長い間本当にお世話になった。心から感謝したい。

12月14日
午前、博物館職員でベゼクリク千仏洞管理責任者のウマルジャンから、吐谷千仏洞の歴史などについて詳細な説明話を2時間にわたって聞く。その後、ベゼクリク千仏洞の彼のデスクまで行って、パソコンを覚えだして初めて打ったリポートをプリントしてもらう。これは重要な資料になる。

12月13日
終日、原稿整理と休養。
夕食は1人で近所の食堂で。

12月10日
再び、帰路に着く。星々峡で記念撮影。新疆に帰るとなぜかホッとしてラグ麺を食べる。
 トルファン市のピシャン県は中国で10本の指に入る大きな県。回族村の小さいモスクに行き、はじめてアホンに聴き取り調査ができた。
 
12月9日
独り、敦煌研究院へ向かいガイド部長に昇格していた季平さんに面会。会うのは三回目。便宜を図ってもらって陳列館に初めて入る。壁画や仏像などの精巧な模写作品が立ち並び圧倒される。デジタルカメラにバッテリーを入れないで持参してしまった。
 二夜連続の日本料理は、さすがに味が分かってしまう。客は1日を通してわたし1人だったとのこと。
10日 再び、帰路に着く。星々峡で記念撮影。新疆に帰るとなぜかホッとしてラグ麺を食べる。

12月8日
長躯、ピシャン、ハミを通過して星々峡(シンシンシャー)の省境から敦煌へ。約900km、10時間半かかった。三ツ星ホテルより四ツ星ホテルのほう  
が安かったが、240元。
オスマンと敦煌賓館の日本料理店「富士」で、久しぶりの日本料理を味わう。オスマンは清真料理(イスラム教徒が食べることのできる料理)でないので、ほとんど食べられなかった。

12月7日
休養

12月6日
若者たちは朝早くウルムチに行き、ヌルさんが各種の手配。その後はクチャのキジル千仏洞を見るとのこと。彼らの嵐が過ぎ去って、再び静寂が訪れた。
今日は終日休養。夜は物寂しくなって、オスマンを呼んで夕食。

12月5日
午前は休養。
午後からアスターナ古墓、カレーズを見る。その後は博物館に、そして夕食。

12月4日
朝、ベゼクリク千仏洞に行く。ここの管理服責任者のウマル氏をガイドとして詳しい説明を聞く。ここはウマル氏の生まれ故郷。ベゼクリク千仏洞付近の古代仏教時代の文字が刻印されている岩石を見る。
続いて今回の彼らの研究旅行のハイライトである吐谷千仏洞に行く。集落の途中にはドイツのル・コック探検隊が宿泊した民家があった。
高昌故城に着いたときには、もうすでに薄暮になっていた。中に入って説明を受ける時間がないので、入り口近くの小高い遺跡の山の上に立って説明を受ける。
夜はウイグルの踊りのあるレストランで連夜の歓迎の宴。レストランを出てから夜店でラーメンとカワップ。

12月3日
午後、若い友人たち20代の若者3人をトルファン駅に迎える。男性2人は29歳、女性は25歳。汽車は到着時刻の10分ほど早く着いた。

12月1日
トルファンに帰る。
400kmを7時間かけて着く。オアシス賓館に投宿。しばらく滞在する。ここではわたしの若い友人ら3人が、朝日新聞社から3ヵ月間、敦煌研究院に研究のために派遣されていたが、11月末で任期が終わって新疆の観光に来るとのことで、トルファンでの接待計画を立てる。
12月27日水曜日夜の所ジョージの番組「笑ってこらえて」という、ダーツが当たったところへ世界中に飛んで、変わった人や珍しい場所を撮影するのだという番組。是非ご覧ください。

11月30日
長らく逗留したホータン市をあとにする。オスマンの友人を伴ってケリアにいく。
だが面談不調。さらに200km離れた二アに向かうがツテがいないため、長躯、コルラに戻ることを決断。タクラマカン沙漠の真ん中を700km真夜中11時に到着。

11月29日
女性関連の話を聞くために、ホータン市人民政府婦人局の某女性幹部から聞き取り。
肩書きを聞いても答えない。ただ名前だけ聞くことができた。問題点を質問しても成果の
みを強調するばかり。 
博物館の仕事は、「遺跡周辺の安全と管理のみで、発掘などは政府の仕事で何もできない」
といわれる。

11月27日
朝、10時、白血病と患者の兄と親類の女性、オスマンジャンの友人及び案内役のアブドゥル・ケリム(ガイラッティたちと会社を作った社長)が迎えに来る。ポロのおいしい朝食のあと、部屋で2時間半にわたってホータンの歴史などについて聞き取り調査。
午後、20km離れた農村に行き、132歳の老人と50歳前の奥さんに会う。100歳で18歳の娘と結婚し、6人の息子・娘をなし、孫も7人とのこと。娘たちにも会う。奥さんはまだ50歳前。
仏教からイスラムに代わるときの戦いの後の農村に行き、ラマ教のタルチョーの旗が立ち並ぶ、スラムの墓場に行く。
途中、誰かの結婚式に会い、家の中に入り込み花嫁・花婿に会い写真を撮る。
市内に戻ってから、オスマンジャンと2人でゆっくりと食事。家族に電話。

11月26日
北京時間午後5時半まで休養。ガイラッティと彼の会社の社長が来て、打ち合わせ。オスマンの中学時代の友人から、北京テレビからも撮影に来たことのある、新疆一おいしいという大きなサモサのようなものをご馳走になる。だが、たいしたものではなかった。みんな自分のところが新疆一になるから。

11月25日
朝、例の白血病の患者の兄と親類の女性が遠路300km、バスを乗り継いでヤルカンドまで来てくれる。ホテルの部屋でニサちゃんのメール内容を丁寧に説明。心から感謝される。昨日の匿名希望の案内者がお別れに表敬訪問に来てくれる。
一路、ホータン(和田)へ。約200km。
午後、ホータン賓館着。200元!
ロプ県の県長・アフメット・ニヤズが表敬訪問に来る。
友人のガイラッティがホテルに来て再開を喜ぶ。夕食。ホータンでの訪問目的を説明し紹介を依頼する。

11月24日
朝、昨年ドライバーを務めてくれたトルスンジャンが表敬訪問に来てくれる。
北京時間午前11時、娘の初音にとてもよく似た服務員のいるレストランでポロの朝食。一路、ヤルカンドに向かう。
ヌルメメットの兄に連絡を取る。彼もヤルカンド民族歌舞団の団員。
ホテルを取ったが、今迄で一番高い金額を提示される。180元。
ヌルメメットの兄に研究テーマを説明して、しかるべき人を紹介してほしいと依頼。絶好の友人を紹介してくれる。
ウイグル民族の抒情詩・十二ムカームの創始者アマンサニ妃の廟と王族の墓を案内され、外国人に初公開の王族の墓も披露してくれる。夕食を招待する。

11月23日
アマングリの家に昼食を招待される。
夜、第14小学校の日本語教室に呼ばれ、日本語を教える。そして交流。

11月22日
 カシュガル歌舞劇団を訪問。入り口でヌルメメットが待ちわびていてくれた。
 1階正面の部屋ではすでに女性たちが、レッスンの最中。採用は身長170センチ以上。男性たちもほかの部屋で練習中。きのう割礼のお祝いで顔を見知った人たちもいる。
 遅い午後、きのうの白血病の親族が来る。一緒に6年間、日本に留学していたアマングリという36歳の女性も来る。グリニサにFAXや電話で一晩終わる。

11月21日
10時。ヤルクンジャンとアトウシュに向かい、彼の大学時代の同級生、キルギス自治州人民医院副院長と腎臓結石の大家の2人の医師が案内してくれる。
夕食はヤルクンジャンとおいしいスープ入りのもの。
ホテルに戻ると夏のトレッキングでガイドをしてくれたアマンジャンが友人夫婦を伴ってきて、友人の弟が白血症なので日本に連れて行って手術をしたいが、との相談。東京医科大学に留学中のグリニサに電話して、明日、カルテをFAXで送って、日本に行くことが是か非かを考えるとのことになった。

11月20日
昼前、ヌルメメットの民族歌舞団の同僚の息子の割礼のお祝い宴に出席。
12時開会が2時半すぎに開会。タジクの歌手から舞台の上でわたしを紹介される。
実に24時間ぶりに食事をする。午後7時すぎ、退出。そのあと4人でラーメンとカワップを食べておわり。今日はこれだけ。

11月19日
午前。
エイティガル寺院前からいつもの職人街に入り、
肉の露天商、
ヨーグルト売りの女性4人、300年以上の歴史を持つ楽器屋さん、新しい建物で刀などの商売を始めたインギシャ出身の商人から聞き取り調査。
午後、金曜日のためオスマンジャンがエイティガルモスクで礼拝するので、便乗して写真撮影。
昼食と夕食をかねた食事の後、ホテルに戻り、そのまま1日を終える。

11月18日
終日、執筆と休養。
昼間は執筆もせず、食事もどこかで買ったビスケットのみで、ただひたすら眠る。
ヌルメメットはウルムチであった新疆民族楽団のラフマンジャンの親類。
彼も来年の3〜4月に日本へ留学に行く予定。2人から日本についての質問。

11月17日
朝、村の観光名所に案内されるが、悪路のためダメ。
羊を絞めてくれるという最大限の歓待。羊を煮たおいしい料理を送別に出され、カシュガルに向かう。350km。
午後5時ころ、まだ日の出ている色満賓館(セマンホテル)に入る。140元。
友人のヤルクンジャンに会い、夕食。

11月16日

そのまま120km離れたアワット郷へ行き、中学の副学長を乗せて、さらに農村地帯に行き中学の教務室で数人の教師から聞き取り調査。
カシュガルに向かう道から西へ外れたケルピンの村へ。200km以上。
深夜、漆黒の村に入る。中国国内で3番目に貧しい村。農民の年収が500元(日本円で7000円程度!!!)。
彼は市人民政府(村役場)の幹部。給料は1600元。
家族総出の歓迎。楽器を弾き、歌を唄い、ヴァイオリンを弾き・・・。
彼の義理の兄の村の元公安部長だった人や現役の校長先生など親類縁者も集まってくる。深夜まで、種々の話を聴く。

11月15日
クチャから東へ78kmのサヤ(沙雅)県へ。外国人には未開放の地域。初の外国人になるか。貧困極まる村。未開放地区でも、“通りすがりであれば、問題ない”と判断する。行く宛てもないのでバザールに入り込む。
道端の78歳の老人から聞き取り。 
63歳の農村の老人が話しかけてきて、じっくりと話を聞く。
オスマンジャンが道で若い女性においしい店を聞く。食堂に一緒に行く。
20歳の綿工場で働く近郊農村の女性。賃金は400元。
サヤから40kmの石油と綿の村・シンホ(新和)経由でさらに240kmのアクス市へ向かう。人口100人以上の街。

11月14日
クチャ滞在。
ラマザン(断食)明けのローザ祭り。日本は13日。
ウイグル人たちは朝早く沐浴し、新しい下着や上語を着て、男はモスクへ行って礼拝してから食事。その後、親や親類・友人たちの家を相互訪問する。日本のお正月のよう

11月13日
クチャ滞在。
終日、休養と執筆。やっと追いつく。

11月12日
午前10時、ホテルを出発。コルラ博物館を訪問。
280km。午後3時すぎ、なつかしの庫車賓館に投宿。
11月11日

コルラに向かう。
コルラ近辺で渋滞。9時間もかかってコルラ着。148元のホテル。
東京医科大学に留学中のグリニサの姉や妹、甥たちがわたしの宿舎を訪れる。しばし懇談。

11月10日
朝、託児所の所長さんから幼児教育の現状と職員の待遇などについて聞く。
トルファン歴史学の長老からトルファンの歴史と回族の宗教観念などを2時間にわたって聞く。
カレーズ周辺の長老から、カレーズ(天山山脈からの雪解け水を、トンネルを使って農地に運ぶ地下の井戸)の歴史や現在などを聞く。
新華書店で、十二ムカームのVCD12巻とトルファンの歴史などを書いた書籍を買う。
11月9日
ベゼクリク千仏洞で働く近くの農民から周囲の故事来歴を聞く。
アスターナ古墳に働く近郊農民から話を聞く。
高昌故城にはたらく農民から歴史や周辺農家の現状を聞く。
交河故城に働く農村の若者から話を聞く。
トルファン市の小中学校の教師から学校の現状、就学率、いじめや暴力問題などについて詳しく聞く。

11月8日
終日休養。散歩で中学生と高校生の軍事訓練を傍観する。

11月7日
トルファンにもどる。ふたたび途中のピチャンの街で、往路の旧部下たち多数が夕食会を設定して待っていてくれた。
国道362号線で再びトルファンにもどる。

11月6日
ハミのバザールで帽子を売っている商人夫婦にインタビュー。
ハミ・ムカームの長老の家に行き、歴史を聞く。
ウイグル族と異民族との結婚などについて聞く。
ハミ王の墓を訪ねる。
政府関係者によるお別れの昼食会。

11月5日
トルファンから420キロ離れたハミ(哈密)の街へ。わたしは初めて行く街。
ハミ人民政府関係者による歓迎の昼食会。
その席に、ハミ・ムカームを演奏する夫婦が来たのでインタビュー。
ハミ・メシュレプの踊りの輪に引きずり込まれる。

11月4日
終日、メールの設定と携帯電話で国際電話が掛けられるように設定変更の作業。休養。

11月3日
トルファン市内の農民を訪ねる。
11月2日
トルファン。午前中は通じなくなったメールの修理。
午後は休養。よく寝られる。いつまででも寝られる。
夕食をガイドのオスマンの家に招待される。

11月1日
朝、ヌルさんがホテルに来て宿泊代金を支払ってくれる。
人民銀行で両替。気温はマイナス4度。
10月31日
午前中休養。
散歩。公園で新疆大学の学生たちに往きあい、学生生活などを聞く。
今日こそ、ヌルさんの家で夕食会。イリの友人たちも出席。
ズリパールの芸術学院時代の同級生のハイルグリグも来る。

10月30日
 朝、1人でホテル前の店で朝食。
 ヌルさんとメールの設定と携帯電話購入で1日動く。
 ヌルさんの家で歓迎の夕食会だったが、きょうは「停電の日」なのでレストランでズリパール夫人(新疆芸術学院のウイグル舞踊の舞姫やイリとカザフとの国境貿易をする友人2人も加わって、夕食。イスラムの教えにのっとりアルコール抜きの店が多くなっている。

10月29日
中国南方航空か日本航空のどちらかで北京へ。いまだにどちらに乗ったのか分からない。
空港で2時間余ののち海南航空でウルムチへ―10年来の親友のタシ・ヌルモハンマドさん(ヌルさん=新疆登山協会=中国新疆体育旅行社の副社長)の出迎え。
新疆放送賓館に宿泊。1泊130元はヌルさんのおごり。2人で2ヶ月ぶりの話がはずむ。夕食に行く。

10月19日 北京=時事
中国・敦煌の「莫高窟」 243ヶ所の石窟 発見


世界遺産に登録された中国三大石窟の1つ、甘粛省敦煌市の「莫高窟」で、これまでの発掘調査で新たに243の石窟の存在を確認。492とされてきた石窟の数が一挙に735に増えたことが18日までに明らかになりました。ペルシャ王朝時代の銀貨など、敦煌が活発な東西交流の場であったことを示す新発見もあったといいます。

日刊紙・北京娯楽発信報が文化面で大きく報じました。調査はこれまで手付かずだった莫高窟の北部付近を対象に1998年から進められました。

同区域では石窟に華麗な壁画などが見られず、歴史的価値が低いとして、一帯は土砂に埋もれたまま放置されてきました。一連の発掘を通じ、ウイグル文字の木製活字など、古代中国と周辺民族との交流を物語る貴重な文物も多数見つかったといいます。

莫高窟は、4世紀から約千年にわたり絶壁に掘られた石窟群の名称で「千仏洞」とも呼ばれます。


10月9日の朝日新聞
  中国 政治に翻弄された大河ドラマ 「アジアネットワーク」欄 
                              
に興味を引かれるコメントがありました。

早稲田大学非常勤講師(社会変動論)のボルジギン・ブレンサインという名前からして、モンゴル族だと思います。掲載内容をそのままご紹介します。

中国のモンゴルで作られた長編歴史ドラマ「成吉思汗(チンギス・ハーン)」が8月末から中国中央テレビのゴールデンタイムで連続放映された。前評判が高かったが、完成から放映まで5年もかかったいわくつきの大河劇だった。

多民族国家・中国は少数民族の一体感が統治に欠かせない。少数民族の文化や英雄は中華民族の英雄でもある。異民族支配の元王朝を打ち立てたモンゴル帝国の元祖であれ、「強い中国」をめざす愛国主義路線には格好の素材だ。

ドラマは全30話で、99年に完成した。だが、新疆ウイグル自治区のイスラム独立運動への警戒や中央アジアの国々への配慮から、中国当局は放映許可をためらった。ドラマがモンゴル系中国人の民族意識を高め、汎モンゴル主義の機運を生みかねないと懸念したとも噂された。

01年には米同時多発テロも起き、アフガニスタン戦争、イラク戦争が続いた。そこはチンギス・ハーンによるユーラシア大陸侵攻の舞台。中央アジアを征服した歴史をリアルに描いたドラマの放映はタイミングが悪い。許可申請は何度も却下されるなど翻弄された。

しかし、制作段階から注目を集めていた作品だ。ひそかにDVDが出回り、評判になった。02年からは台湾や香港、モンゴルで相次いで放映され反響を呼んだ。中国国内での放映を求める声も高まり、北京五輪と国威発揚をにらんでか、この夏やっと許可が出た。

ただし、放映は中央アジアへの遠征を描いた最後の5話を3話に短縮した計28話。征服された国々や都市の名は大幅に削られたり、ぼかされたりした。

高視聴率を稼ぎ、地方局の中には海賊版を無許可で放映し裁判沙汰になったところも出た。しかし、山場の征服戦争が大幅にカットされたことに視聴者の不満が噴出。モンゴル族同様、チンギス・ハーンを先祖と見る中央アジア系の人々の間では「なぜ彼が『中国人の英雄』なんだ」と、戸惑いの声も上がった。

中国が朝鮮古代史の高句麗を「中国の一部」と強弁して韓国の怒りを買ったのは最近のこと。少数民族の文化と尊厳をどう守るか。中国は建国以来の課題をまだ解決していない。

☆ 数年前、新疆クチャのクズルガハ烽火台で、別のツアーの漢人ガイドが、「このクズルガハ烽火台は、2千年前にできた万里の長城の延長線にある中華民族の歴史的な建造物です」と説明していたので驚きました。なるほど、当時は漢民族王朝の統治下だったから、現代の当局における「心配」や「国際的配慮」もうなづけますが、いくらなんでも「万里の長城」の延長はないでしょう。少数民族も含めて現在の中国国民全体を中華民族とみなしていることから言えば正論になるのでしょうが・・・・・。

☆中国国籍の人が上記の内容を書けば言いたいことは理解できますが、この21世紀になっても、制作された作品が当局の許可を得ないと公開できない、ということが"おかしい”という感覚が必要だと思います。内容上の評価云々の前に、「表現の自由」のことを強調したいと思います。


砂漠化防止で植林3千万本 ノーベル平和賞 マータイさん(ケニア)が受賞
                               10月9日の各紙


ノルウエーのノーベル賞委員会は、8日、ケニアの女性環境活動家でケニア政府環境天然資源・野生動物省副大臣を務めていたワンガリー・マータイ氏(64)に2004年のノーベル平和賞を授与すると発表しました。

マータイ氏は、アフリカ女性で初の同賞受賞者となりました。同委員会は、「持続的発展と民主主義と平和への貢献」を受賞理由としてあげ、「民主主義と平和のためにたたかうすべてのアフリカ人の見本だ」と指摘しました。

マータイさんは、北アフリカの砂漠化を防ぐため、非政府組織「グリーンベルト運動」を1977年に創設。これまでに3千万本以上の植林を行ってきました。専門家によると、過去150年間で英国統治と農民による乱伐のためケニアの75%の森林が消滅。現在森林に覆われているのは、国土の2%といいます。

マータイさんは1989年には首都ナイロビの公園に62階のビルを建設するのに抗議して、やめさせました。99年にはナイロビ近郊の森林の売却に抗議して私設警備員から暴行を受けました。

マータイさんは受賞発表後、ノルウエーのラジオ局のインタビューで「多くの戦争は天然資源をめぐってたたかわれている。資源を管理することでわたしたちは平和の鐘を現在と未来にまいている」とのべました。

ノーベル賞委員会は「抑圧的な過去の政権に対する国内外の目を引きつけ、民主的な権利のためにたたかう人々、とりわけ女性を勇気づけた」と述べました。授賞式は12月10日にオスロで行われます。

☆マータイさんはノルウエー国営テレビに対し「環境は平和を守るための重要な要素です。資源が破壊されれば、不足した資源をめぐって争いが起こるのです」と語っています。

☆ノーベル平和賞は過去、イスラエルのラビン首相(94年)や米のカーター大統領(02年)など、紛争と侵略の当事者にも、「中東和平への努力」、「仲介と国際協力による紛争解決に向けた努力」、などの名目で賞を与えたという負の遺産の歴史がありますが、今回、環境保護の分野にまで受賞の対象を広げたことには一定の意義があるといえます。戦争は最大の環境・自然破壊というのが私自身の理念でもありましたが、今後、ノーベル賞に「環境・自然保護賞」が誕生してもおかしくはないといえます。

☆アジアにおいてもモンゴルや新疆などで、日本側や日中両国の関係者による砂漠の植林運動がありますが、マータイさんのように、時には政府に逮捕されて拷問まで受けながら信念を変えずに運動を進めた点など、その国の当事者自身が住民と共同して運動を広げたという教訓を学ぶ必要があるといえます。


チンギス・ハーンの霊廟 日・モンゴル合同調査団が発見
墓の所在地探る手だて              10月5日 朝日新聞ほか


モンゴルで発掘を続けている日本・モンゴル合同調査団(総隊長、加藤晋平・國学院大元教授)は4日、13世紀にモンゴル帝国を建てたチンギス・ハーンをまつった霊廟跡を発見した、と発表した。世界史上、最大の謎のひとつともいわれているチンギス・ハーンの墓の所在地を探る大きな手がかりになる。

同調査団は両国の大学研究者らで構成。モンゴル帝国の興亡を考古学資料から実証的に裏付けることを目的に、01年からウランバートルの東250キロに位置するアウラガ遺跡を発掘、13〜15世紀にわたって重なる遺構を確認した。約11b四方の石敷き基壇の周りから馬を中心とした焼けた動物の骨や灰の入った土坑4か所を発見した。レーダー探査で土坑は100カ所以上あると見られる。

中国やペルシャなどの史料には、チンギス・ハーンの宮殿である「大オルド」が登場する。また、その地域に霊廟があったことや、動物の骨を焼く「焼飯」という祭祀が記されている。

調査団は、@記録にある大オルドとアウラガ遺跡の立地や遺構が一致する、A大量の馬の骨は焼飯を裏付けるなどとして、同遺跡は当初、チンギス・ハーンや次の皇帝オゴタイの大オルドで、その後、歴代皇帝をまつル霊廟になったと結論づけた。調査団日本側代表の白石典之・新潟大助教授は「史料からは、チンギス・ハーンを葬った墓は大オルドから半径12キロ以内に想定できる」という。


10月5日 「中国新聞」より

新疆ウイグル自治区林業局によると、2005年より同自治区内で年間8万立方bを上限としていた自然林の伐採を完全にストップさせることが決定したと報じています。天山、アルタイの両山脈の原生林も保護対象に指定されました。ヒマラヤ杉・天山杉などの樹木で覆われた両山脈の自然林は、中国の残された数少ない原生林の1つです。

原生林は豊かな保水力によって近隣の人々に豊富な水資源をもたらしていましたが、過度の伐採によって近年徐々に失われ始めていました。

1998年、中国政府は自然林保護プロジェクトを発動し、新疆の山岳地帯に広がる原生林約2900万ムー(1ムーは6・667アール)を保護対象に指定しました。

自然林保護プロジェクトの実施当初、新疆では自然林における木材伐採量を従来の年間30万立方bから8万立方bに減らすよう定められました。それにより、新疆における森林面積は2004年までの間に150万ムー余り増加しました。その後、新疆は更なる自然林保護を目指すべく、2005年以降には8万立方bの伐採も中止し、天山、アルタイ山脈の原生林も保護対象に加えることを決定しました。

新疆林業局では、この措置以外の保護策として、植林による人工林の拡大や生態環境保護を目的とした立ち入り禁止区域の指定を行うほか、輸牧(放牧地を定期的に移動する方法)による土地回復なども進めていく予定といいます。さらに荒地となった500万ムーを今後10年間で再び緑に覆われた豊かな森に蘇らせることを目標にしているといいます。

☆ 新中国建国以降、社会主義建設をめざして建設、開発に励んできた中国にとって、環境や自然保護という言葉は、逆に社会主義建設と革命に反対する反革命活動と規定され、その市民権を得ることは至難であったと思われます。この課題は1978年の「改革・開放政策」施行以降のまだ新しい課題です。

☆中国は1971年の「第1回国連環境会議」(ストックホルム)にはじめて大型代表団を送り込み、ここから中国における環境・自然保護の取り組みが始まったのです。以降、まだ日も浅く、この課題は今後にゆだねられているといえますが、新疆でのこの報道が計画通り進めば、中国の他の地域の範となることといえます。


9月28日 パラリンピックが閉幕しました。

中国はメダルの数で首位になりました。

136の国と地域から3969名の選手が参加した第12回パラリンピック・アテネ大会は28日、終りました。次回の2008年大会は北京で開催されます。

この大会で日本は17個の金メダルを獲得しましたが、中国は金メダル63個、銀メダル46個、銅メダルを32個獲得しました。総メダル数は141個で国別では首位になりました。

メダルの数はよしとしても、毎日、毎月、世界中で大小のパラリンピックが開催されることを願っています。

わたしはいつも電車に乗って憤りを覚えることがあるのですが、なぜ「優先席」があるのでしょうか。ほんらいは、すべての座席にお年寄りや障害のある方々が優先的に座るべきではないでしょうか。またもう1つ怒りを覚えるのは、お年寄りや障害のある方がつり革につかまって立っていても、平然と座っている人がなんと多いことか。“見ざる、聞かざる、立たず”です。その点では中国人のほうがすぐれています。


9月18日  読売新聞香港支局

ウイグル人組織、米に亡命政府

9月18日付の中国系香港紙「文匯報」は、中国からの独立をめざすウイグル人組織が米国で9月14日に亡命政府を発足させたと報じた。オーストラリアにある「東トルキスタン協会」のエフメット・イゲムべルディ主席を大統領に任命したという。

☆ 04年4月16日 「第4回ウイグル組織連合会議」もドイツのミュンヘンで開催されたと報じました。
中国政府は03年12月、2つのウイグルの国際組織をテロ組織と発表しており、11人の個人名も発表して、各国に中国に引き渡すことを要求しています。

☆9・11テロの後、上海会議(アメリカ、中国、ロシアと中央アジア各国)で、江沢民前主席とクリントン前米大統領がイスラームのテロに対する共同戦線を組んだ結果、新疆・パキスタン国境のクンジュラプ峠などが閉鎖されたこともありました。

☆しかし、民族の独立や自決権を求めることと、テロはほんらい無縁のもの。テロや暴力の行使では なく対話が必要といえますが、現状は対話の雰囲気は醸成されていないものともいえます。


9月14日 「日中新聞」

大量の「可燃水」が埋蔵 石油資源戦略の代替基地に チベット自治区 チャンタン盆地
 チベット自治区の北西に位置するチャンタン盆地で大量の「可燃水」が埋蔵している可能性が明らかになった。「可燃水」とは、天然ガスと水の化合物からなる固体の天然ガス(結晶)で、燃焼してもほとんど有害な汚染物質を発生させることのないクリーンエネルギー。地球上に幅広く存在しその埋蔵量は推定埋蔵量の2・6倍ほどの規模になると推定される。すべてが開発された場合、約100年の使用が可能だ。中国の凍土面積は世界3位で全体の10%を占めており、うち青海・チベット高原で世界の7%を占める。タリム盆地についで、チベット地区が21世紀に第2の石油資源戦略の代替基地になる可能性が出てきた。


9月7日 朝日新聞から 

2・5億人が「潜在的飢餓」中国

国連児童基金(ユニセフ)と中国衛生省は5日までに、中国で人体の発育に不可欠なビタミンAや鉄分、ヨードなどの不足による「潜在的飢餓」が広がり、1億5千万人が危険にさらされているとの報告をまとめました。新華社電が伝えました。

それによると、中国では年間1900万人の新生児のうち、胎児段階でのヨード不足で200万人近くが大脳発育障害の危険に直面。栄養不足は労働生産力の低下を招き、将来的な損失は国内総生産(GDP)の3・8%に達するとの予測もあります。世界全体で約80カ国に「潜在的飢餓」が存在しますが、中国では6ヶ月から2歳の子どもの2割が鉄分不足、12%がビタミンA不足に陥っているといいます。

☆日本では、心身・精神面での障害を持っている人やハンセン氏病にたいする偏見がある程度、解消しつつありますが、中国ではまだ、障害者・児などは,人前に出せない、家族で隠しておくという偏見や無理解が多くを占めているようです。

友人の中国人が高校生と中学生の息子を一時、日本に呼び寄せたことがあり、わたしの友人の小学校教師に学校の見学をさせてもらったことがあります。彼らは中国の学校とは比較にならない日本の小学校の施設や設備に驚きながらも、最も感動したことは、クラスに障害児がいて、何の差別もなくみんなと仲良く、勉強し、遊んでいたことだと、感動の面持ちで語っていました。

9月5日 朝日新聞から

中国の道を車で走っているときドライバーに聞いたことがある。「乳飲み子を抱えて平気で、赤信号を無視して車をかいくぐって道を渡るなんてことがあると、交通事故が多いでしょう?」。するとドライバーはこともなげに言いました。「当たり前でしょう」と。

5日の朝日新聞は、中国の交通事故の実態を報道しています。
中国の交通事故死は、年間10万人。毎日約300人を乗せた大型旅客機が1機、墜落している計算になる。04年の上半期もすでに5万人が死んでいるという。

日本の交通事故死は、7,400万台で8,000人。中国は2,400万台で10万人の死亡という。
たとえば、中国が今、日本並みの車の所有台数だとすると、実に308,000人が交通事故死している計算になる。

もっとも中国では、免許取得後1年間は「実習」というマークをつけることになっており、今年の8月からは罰金も100元にはねあがったという。

さらに交通違反の目撃通報者には、1件につき20元の報奨金が出るという。15日以内に写真かビデオを当局に提出することになっており、1ヶ月1千元を限度とするという。新たな就職先ができたようなものなのか。こういう密告制度ではたして交通事故がなくなるものかどうか、疑問である。

中国は高速道路が3万qで世界第2位。2020年にはこれが8万キロに延びる計画。

しかし、肝心なことは高速道路を増やすとともに、駐車場や地下鉄などのインフラが伴わないと、都心部の渋滞だけが増えることになるでしょう。

9月2日 嬉しいニュース
2日の朝日新聞の小さな記事が目に飛び込んだ。

敦煌研究員が出発。

第8回「朝日敦煌研究員制度」(朝日新聞社、蘭州大学、敦煌研究院主催)で派遣される若手研究者3人が1日、成田空港から中国へ出発した。一行は甘粛省の蘭州や敦煌で3ヵ月間、次のテーマで研究する。▽渡辺慎吾さん(28)「敦煌莫高窟最初期窟と北涼石塔との比較研究」・・・・・・・・・・・・。

この渡辺さんとわたしは旧知の間柄である。99年8月、トルファンの国際トルファン学学会に出席した際、朝、ホテルのレストランからバックパッカーが出て行こうとしていた。わたしが声を掛けると、「カシュガルまで貧乏旅行をします」という。わたしの手が自然に伸びて彼らに100ドル紙幣1枚を渡して、「がんばって行って来て下さい」と声を掛けていた。彼らが帰国して、わたしが出張で京都に出かけたとき、京都駅前で再開し、彼の研究場所である龍谷大学の図書館で話し合い、結果的にアルズグリ先生が捜し求めていた大谷探検隊の貴重な文書を預かってからの付き合いである。
9月2日 08年の北京オリンピックで五輪旗がチョモランマを越えることについて

「山岳団体自然環境連絡会」が日本山岳会会議室で行われました。会議の合間に標記の件を登山の国際問題に詳しいK氏に伺った。答えは明瞭。すでに計画は完成しており、ネパール側との話し合いもついている、とのことであった。

登山という行為が、すぐれて文化的な価値を有しているものであり、なおかつ社会的な役割を有しているものである限り、平和の祭典であるオリンピック運動に「国威発揚」を目的とすることがまかり通っていていいものだろうか。08年の北京オリンピックで中国は、自らの国威を発揚・表明する場にしようとしている。

IOC(国際オリンピック委員会)のジャック・ロゲ会長はすでに、北京五輪組織委員会会長に「施設建設は急ぎ過ぎないでほしい」と述べた。ロゲ会長は「準備を遅らせてくれと組織委に依頼するなんて、わたしの五輪人生で初めて」と話していた。

人口約1500万人の小国ギリシアがオリンピックの肥大化に歯止めをかけるという面である程度、成功させたことと、13億人もの人口の中国が06年までに18ヶ所の施設建設を終えると表明している。インフラ整備を含めると約2兆3400億円を投入するというこの違いは何なのだろう。

これに対して、IOCは「五輪の肥大化に逆行する」と懸念する。加えて冷戦後のスポーツ界は「脱政治化」が進んでおり、国威発揚の場として五輪を利用しようとねらう中国の考え方は、時代錯誤の面もある。IOCの「待った」には、過剰な“五輪熱”を冷まそうという意図がうかがえる。(8月31日 朝日)
 

8月24日 「日中新聞」

ヒマラヤの雪解け情報 中印共同で洪水対策

中国政府は24時間以内にヒマラヤ山脈の雪解け情報をインドに報告、これにもとづきインド政府は洪水対策を中国と連携して行っていることがインド政府によって発表された。
インドのヒマラヤ地方のシャー・シク知事によると、「中国政府は外交ルートを通じて、ヒマラヤ山脈にある氷結湖や氷結した河川の雪解け状況をインドに報告することになっている。インド北部では氷結湖等の雪解け水が洪水の原因となり、特にインドの穀倉地帯であるパンジャブ地方やヒマラヤ地方に多大な被害を及ぼす原因となっている」と述べ、中国側の警報後にインド政府は住民を避難させる準備もできており、8つの村落に住む5000人の住民が避難できる体制が整っていることを強調した。

インドでは2000年に大洪水の被害に遭ったあと、中国政府の提供するヒマラヤ山脈の氷結湖に関するデータを基に、洪水対策を行ってきた。中国政府もインド政府の要請に応じて水門調査の研究家4名をチベット地方に派遣、氷結湖の調査に乗り出している。また、8月1日には両国間で洪水対策会議を行っている。


8月24日 「日中新聞」

エベレスト 33年間で1・3b低く 温暖化による氷河後退で 

中国科学院青蔵高原研究所の姚檀棟局長は、このほど開かれた国際学術シンポジウムで、世界最高峰のチョモランマ(エベレスト、標高8848m)の標高が低くなりつつあることを発表した。原因は地球温暖化による氷河後退という。観測によると、チョモランマの頂上は1966年から1999年までの33年間で1・3b低くなり、現在もさらに低くなり続けているという。

1966年、中国は初めて、チョモランマ峰の頂上の雪面の高さを8849・75bと測量した。1975年、中国の科学者はチョモランマ峰の雪面の高さが8849・05bと測量し、積雪の0・92bの暑さを減らして得られた高度は、8848・13bであった。チョモランマ峰の高さとして今でもこの数値が使用されている。

ここ30年、科学者らは5回にわたってチョモランマ峰の観測を行い天文、重力、レーザー測量、GPSなど最新技術でチョモランマ峰の高さを測量した。その結果、1999年の第5回目の測定で雪面の高さは8848・45bだった。

8月23日 読売新聞

中国の西部山岳地帯 氷河40年で7%減 温暖化深刻 1年で黄河の総流量分

新華社電によると、中国の氷河面積が、地球温暖化の影響により、この約40年間で7%減少したことが、中国科学院青蔵高原研究所の調査で判明した。現在、1年間に解ける氷河の水量は黄河の年間総流量にほぼ匹敵するという。中国の氷河はヒマラヤ山脈を抱えるチベット自治区など西部山岳地帯に集中。総面積は59406平方キロに達するが、地球温暖化の進行により、20世紀半ば以降、氷河の溶解が加速している。年間の総熔解量は西部地区の河川総流量の10%を占めるまでに至っている。

欧州連合(EU)がこのほど2050年にはスイス・アルプスの氷河の75%が消滅するとの予測を発表。中国西部の氷河の大幅減少も確認されたことで、ユーラシア大陸の東西で地球温暖化の影響が深刻化している状況が浮き彫りになっている。
8月11日 朝日新聞
北京市の天安門広場で7日、地方の官僚腐敗などに抗議する農民や労働者2万人の集会、デモが計画されたが、当局が前日に主催者を逮捕し、計約2300人を北京南駅や天安門広場周辺で拘束、集会が阻止されたことが10日までに、関係者の話で分かった。

8月10日 「日中新聞」

新疆 空のシルクロード 航空路線の中継点

新疆ウイグル自治区観光局の責任者である池重慶氏は7月25日、「観光業がシルクロードの輝きを再現している」と発表した。
1978年、新疆は88名の海外旅行客を受け入れ、46000ドルの外貨収入を得た。2002年には27万5400名、9942万ドルの収入を得た。新疆は中国最大の省レベルの行政区で面積は全国の6分の1も占めている。東西文化の交流地点で、商業貿易で栄えたシルクロードの要地だ。しかし、中国経済の中心は東南の沿海部に移り、西北部は荒れ果てた人の住んでいない土地というレッテルを貼られていた。だが、壮観な自然風景がある新疆は、中国の観光資源が豊富にある地域の1つだ。
新疆の観光収入は年々増加しており、新疆の非貿易外貨収入の主要な源になっている。観光業の有力な推進地は多民族地区で現在、観光業に従事しているのは10万人、観光業は政府主導型から市場経済型へと変化している。2004年、新疆は19のプロジェクトを作成、35億元の海外投資家から投資を得た。
また、新疆はシルクロードの要地だけでなく、多くの中東国家(☆中央アジア諸国)と隣接している。毎年、数千万人の旅行客が国境の税関を通過している(☆まさか!!!)。このため、新疆では航空路線の整備に努め、東アジアや東南アジアとヨーロッパの間の中継地点を目指している。
新疆は空のシルクロードとして、力をつけつつある。
☆新疆が観光地として発展することは歓迎されることでしょうが、旅行客は、「中国ではない」シルクロ ードを求めてやってくることに留意することが必要でしょう。様ざまな辺境諸民族の歴史と文化を正し く伝え、彼らが主体的に関わってわたしたちを歓迎してくれることを期待したいですね。
8月7日
日本勤労者山岳連盟(略称・労山)のK2(8611b)登山隊(近藤和美隊長以下8人)は、8月7日、矢野、清野、望月、川嶋の4隊員が登頂に成功しました。
労山隊は、1998年、2002年の2回、アタックしてきましたがいずれも敗退。3度目の正直で登頂できました。なかでも川嶋隊員は、わたし・野口が18年間にわたって勤めてきた労山の専従事務局長の後任として9月からの就任が決まっており、わたしとしても二重の喜びです。
なお、7月27日には同峰に中国・パキスタン合同パーティーの2名も登頂しています。
8月3日 朝日新聞夕刊

ハノイに壮大王城跡 7〜19世紀遺跡、重層的に 唐、安南都護府の可能性も

ハノイの新国会議事堂建設予定地で見つかった遺跡が、7世紀ごろから19世紀までの王城の跡を重層的に残す壮大なものであることが明らかになってきた。最も古い遺構は中国支配時代のもので、遣唐使から唐の官僚になった阿倍仲麻呂が長官を努めた安南都護符である可能性も高い。中国の長安や奈良の平城京に匹敵するものとの指摘もあり、「世界遺産級」と評価する声もあがっている。ベトナム考古学研究所とユネスコなどは10日からハノイで、各国の専門家を集めて国際的な支援策を検討する。
8月3日 朝日新聞

ウズベク同時テロ 国際的過激派に連動か

ウズベキスタンのタシケントで30日に発生した同時爆破テロ事件は、イスラム過激派とされる犯行グループが、中央アジアで初めて米国とイスラエルを標的に実行した。ウズベクの政権転覆をねらっただけでなく、国際的なイスラム過激派ネットワークに連動したテロの可能性がある。
8月2日 朝日新聞 
今日の朝日新聞では、中国の重慶で開催されているサッカー・アジアカップの問題を論じています。
8月2日の朝日新聞の見出しをご紹介します。
アジア杯の中国・重慶 サッカー場で「反日」噴出 サポーターにゴミ/勝利に罵声 北京五輪控え政府懸念 遺棄兵器で死傷/集団買春 事件頻発が下地
 冒頭の内容は次のようなものでした。

「中国・重慶で開催中のサッカー・アジアカップで、地元市民の反日感情が日本チームにぶつけられている。
31日の準々決勝のヨルダン戦でも、勝利を喜ぶ日本人サポーターに罵声やゴミが投げつけられた。 過去の戦争など歴史問題やインターネット上に反日的な書き込みが相次いでいることが背景にあるとみられるが、中国メディアがファンの暴走を批判するなど、中央政府も08年の北京五輪の開催を控えて神経を尖らせている。」

☆−わたしの意見。
   中国国内における対日関連の事件や問題が昨年以来頻発しています。
 @−昨年8月、中国東北部のチチハルで旧日本軍が遺棄した化学兵器による中国人の死傷事故。
 A−同9月には、広東省の珠海での日本人による集団買春事件、
 B−10月には西安の日本人留学生がひわいな寸劇を披露し、大規模反日デモがあった。

このような日本人の事件が起こる中で、小泉首相と閣僚の靖国神社参拝という中国、朝鮮の神経を逆なでするようなことを、無神経にと言うより、確信犯的にやることに対する怒りも湧き起こっています。
いわゆる歴史認識の問題です。

これと同時進行的に起きていることは、中国人による日本での犯罪行為がエスカレートして、日本当局が厳罰主義で臨むようになっていること、また、入国管理局による、他の外国人に比して中国人にたいしては、不当なまでに極度に厳しい対応をしていること、あるいは中国国内における日本人の事件に対しても、麻薬の密輸事件で死刑判決が出るなど、同様に厳罰主義で臨むようになってきています。
さらに、これらの反日感情を増幅する有力な武器がインターネット上での、中国国民を意識的に反日に誘導するような激越な調子の内容です。

重慶という土地は、かつて第2次世界大戦中に蒋介石国民党政府が重慶を臨時首都にしていた時期に、日本軍が延べ9500機で激しい無差別爆撃をし、21500個の爆弾を落とし、市民26000人が死傷したことにたいする「憎しみ」・「恨み」も原因としてありました。
これらのさまざまな原因が重層的にからまって、今回の激しい仕打ちとなったのでしょうが、私はこのことについていくつか考えました。

@まもなくオリンピックが始まります。オリンピックの基本精神は平和です。メダルの獲得数ではありません。スポーツは平和でなければ成立しません。重慶市民は、残念ながらその基本精神をまだよく認識していないかあるいは見失っていたようです。
中国国民にとって、スポーツは、まだスポーツマン精神の発揮の場、ではなく、国威発揚の場、とみる教育しか受けていない、という面があるのではないでしょうか。
国威象徴といえば、中国ではこんな計画があります。
2008年の北京オリンピックでは、世界最高峰のチョモランマ(エベレスト)を五輪旗と中国国旗を持って登頂しようという計画です。
   
Aわたしとしては、個人的にはかつて、中国を侵略した象徴としての国旗・国歌には意見がありますが、現状では、国際試合には欠かせないものになっています。
外国の国歌斉唱には敬意を払うのが国際常識です。それにたいしてもブーイングが起こる、サポーターに危害を加える、などということはどんな論理があっても通用しません。上記にあげたさまざまな理由とはなんら関係ないものです。なぜなら各国の選手・コーチや彼ら日本人選手やサポーターたちはほんらい平和の使者なのですから。

Bではなぜスポーツの基本精神が平和であるのに、あのような非友好的なマナーになるのでしょうかそれは、中国の市民が真の民主主義教育、平和教育を体験していないからです。
日本でも同様です。恒常的に、反中国の意識を植え付ける言動を繰り返す政府要人。元自民党の閣僚でもあった石原都知事に代表できる言動がその見本です。

Cそのような日本の支配層と、侵略戦争を許してしまったことを心から詫び、中国、朝鮮や東南アジア各国との平和・友好を願っている日本国民とを区別してみることができない、中国政府やマスコミの責任もあります。

D次に、「平和がすき」「憲法9条を改正して武器を持つべきだ」などという、日本での侃々諤々の議論、国民誰でもが、誰に対しても批判する自由、を中国のかたがたは、残念ながら経験していないのです。それが中国の現状だと思います。
すべて党の言うこと、政府のつくった教科書でしか学べない、そして批判の自由、言論の自由が保障されていない、という現状がその原因になっているのではないでしょうか。

E重慶で問題が起こってから、中国のマスコミとくに新聞論調は中国人サポーターたちを批判しています。しかし、腰が入っていません。北京五輪だけを心配しているからです。
批判されるべきは、人権、民主主義、公正な選挙、執政党にたいする批判の自由、を保障していない中国の党と政府ではないでしょうか。これには国際的な批判が繰りかえし行われています。

F−一方、政権の延命策や自分の人気取りだけにスポーツを利用することしか知らない小泉内閣や歴代の首相の責任もそれ以上に大きいのです..中国、朝鮮や東南アジアの人々に、かつての侵略戦争を心から詫び、二度と再び過ちを繰り返さない平和の誓いを行うこと、靖国神社への参拝が、どれだけそれらの国々や日本の平和愛好者たちの感情を傷つけているかを認識できない政治音痴、そして誠意を持ってそれらの国々の犠牲になったかたがたに補償の面などで反省を表すことなどが欠けています
 
G最後に、つい最近起きた出来事を日本の政府にお伝えしたいと思います。
ナチスドイツの占領とホロコーストに抗して立ち上がったワルシャワ市民の蜂起を記念する集会に、ドイツのシュレーダー首相が出席し、ナチスドイツの犯した犯罪行為を、首相として心から詫びたということです。

7月20日 「日中新聞」

新疆ウイグル自治区 中国観光事業 新疆の可能性に注目

7月5日、中国策画研究院の副院長であり、中国観光旅行コース開発の専門家である梁中国は、新疆ウイグル自治区の区都ウルムチで、同地における今後の観光業に関する展望について語った。梁氏によると、現時点ですでに開発されている同自治区内の観光資源は自治区全体のわずか20%、市場における潜在的な可能性は非常に高い。

新疆における観光資源の潜在的な可能性は、現在開発されている観光コースとは比較にならないほど大きいという。このことから、新疆は中国の中でも最も観光業の発展が有力視される地域だということが窺える。

新疆における観光業の開発はまだ初歩的な段階にあると梁氏は考える。内地に比べ、同自治区における観光資源の開発量はやや少ないといえる。現在、内地における観光資源の開発率はおよそ50%だという。

一般的な理論では、観光資源の開発を行う際には、大別して「食」「宿泊」「観光」「移動」「ショッピング」など、6つのカテゴリーで進められて行く。新疆における観光業の競争力を強めるためには、各旅行商品を観光ブランドとして定着させることを急がなければならないと、梁氏は語った。

☆改革開放政策から4半世紀がたちました。それから考えると新疆を観光開発の目玉として考えるのは、やはり当然といえます。

新疆の観光コースと事業の実態は、行かれた方はご存知でしょうが、歴史的な遺跡や建造物などの維持・管理がおよそ野放し・放置状態だということです。
その代わり、観光地のみやげ物売りなどは非常識なほど多く、入場料にいたっては、非常に粗末な建物しかないかわりに、入り口で徴収しなくとも、会場の中や退場するときに私服の係員がやってきて徴収するなど、およそ観光事業を運営するに値しないといえます。
観光立国をめざすのであれば、世界各地で確立している観光マナーやルールを積極的に取り入れることが中国政府の責務だといえます。そのあとに各国から多くの観光客が、安心して快適なたびを楽しむことができ、それが結果的に多くの人をひきつけることになるでしょう。

さらに歴史の事実をゆがめる残念なことが、実に多くあります。
たとえば、ひとつだけ具体例を言います。
クチャの烽火台を「中国の万里の長城の延長線だ」というたぐいの珍論です。
 “中国に住む人は、みな「中華民族」であるする”と主張する中国政府の側から言えば、当然の論理かもしれませんが、歴史の事実を偽ってはばからないこの種の考えは、決して国際的な支持を得ることができないし、観光客の増加にも結びつかないでしょう。

新疆やチベットには、まだまだ非常に多くの歴史遺産や資料が大量に埋もれています。それらの発掘や研究を先行させ、今あるものも含めて、その維持・管理を抜本的に改善することこそが、真の観光開発事業だといえないでしょうか。
もうひと言追加したい。観光開発事業に大切なもの、新疆のみならず、中国中のトイレの抜本的改善を望みたい。さいわい北京オリンピックで北京などの大都市はトイレが改善されつつあるようですが、新疆にまでその影響が伝わるのはいつの日になることやら・・・。早くその日が来ることを願っています。

国際トイレ機関は、「2004年世界トイレサミット」を北京で開催することを決定しています。
7月20日 「日中新聞」

国−モンゴル 資源開発などで合意 新たに4分野を提案 国交樹立55周年

胡錦濤国家主席は5日、人民大会堂でモンゴル国のバガンディ大統領と会談し、双方は広範囲にわたって意見を交換した。

今年は中国−モンゴル友好協力関係条約の修正10周年と国交樹立55周年記念の年となった。このため胡主席は、新たに友好関係を促進させるため次の4分野を提案した。

 @友好関係を堅持し、指導部の相互交流訪問、政党、議会、政府関係部門の交流を促進させる。
 A資源開発など経済関係で協力し合い、双方とも平等に利潤を得るようにする。
 B文化、教育、環境保護、観光などの分野で交流をさらに強める。
 C国際機関での協調を確認し、北東アジア地域の平和と安定をもたらすよう双方協力する。
7月20日 「日中新聞」

蘇州宣言を採択 ユネスコ 青少年に保護教育を推進
第28回世界遺産委員会会議は7日、10日間の日程を終えて蘇州で閉幕した。今回の会議では48のプロジェクトが審議され、このうち34のプロジェクトが世界遺産に申請、そのうち29が世界文化遺産に、5つが世界自然遺産に登録された。この中には、中国の高句麗王城、王陵と貴族の古墳、遼寧省の盛京三陵と瀋陽故宮が含まれている。

 
7月20日 読売新聞

周口店「北京原人」遺跡 世界遺産抹消困る! 中国初の修復へ
中国が、長年にわたり崩壊の危機が叫ばれてきた北京原人の頭骨化石発見地・周口店遺跡(1987年に世界文化遺産登録)の保護にようやく乗り出す。中国は世界遺産の登録数で世界第3位を誇るが、近年は登録地の観光開発による景観・環境破壊や遺跡破壊などが次々表面化し、管理徹底が大きな課題になっている。
7月19日 信濃毎日新聞
閉鎖スキー場の設備を中国へ 望月村寄付 国有林 原状回復に道筋    
98年に閉鎖した望月町の旧町営国設蓼科アソシエイツスキー場について、町は18日までに、放置状態になっているリフトや照明塔などの設備を中国山西省へ寄付する方針を固めた。
ゲレンデだった国有地の原状回復のために植林作業を始めるには、リフトなどの設備撤去が早急な課題となっていた。
運搬費用は中国側が負担することで合意している。

7月14日 7月16日
 麻薬犯罪対策に取り組む中国公安省禁毒局の楊鳳瑞局長が14日、北京の外国記者プレスセンターで記者会見し、中国の麻薬問題の現状と対策について語りました。
 「中国の麻薬問題はいぜん重大な状況」と切り出した楊局長は、1998年から昨年までの6年間に54万件の麻薬犯罪を摘発し、逮捕者25万人、押収した麻薬はヘロインだけで約50トンにのぼることを明らかにしました。

7月12日 読売新聞

鄭和偉大なり 大航海600周年 中国が大宣伝 海洋国アピール
中国が明時代の武将・鄭和(1372〜1434年ごろ)の大航海開始6百周年を記念した博覧会開催を予定するなど一大キャンペーンに乗り出している。
「海洋大国」としての威信をアピールし、中国の将来を左右する海洋権益に対する国民の関心をひきつける狙いがありそうだ。
鄭和は1405年7月、永楽帝の命で初の航海に出発し、1433年まで7回の航海で東南アジアからインド、アフリカ東海岸に到達。南海貿易の活発化をもたらした。
英国の学者が「コロンブスより早く米大陸に到達した」との学説を唱えるなど、中国の海洋進出の象徴と言える存在だ。

7月9日(北京=共同)

楼蘭の美女はこんな顔?
 「楼蘭の美女」は、鼻筋の通った切れ長の目の美人だった−。
新華社電によると、中国刑事学院(遼寧省瀋陽市)の趙成文教授がこのほど、1908年に新疆ウイグル自治区で見つかり、楼蘭の美女として知られる女性ミイラの顔をコンピューターグラフィックス(CG)で復元した。 

ミイラは約3800年前の女性で、死亡時の年齢は40歳ぐらいと推定されているが、復元したのは18歳ぐらいの若いときの顔という。これまでの調査で身長約155センチ、欧州系の人種で眉が濃く、あごがとがり、くり色の長髪だったことが知られている。
7月8日 信濃毎日新聞

バーミヤン遺跡 40年ぶり新たな壁画 文化財発見

独立行政法人文化財研究所は7日、アフガニスタンのバーミヤン遺跡の調査で、菩薩を含む新たな仏教壁画を発見したと発表した。同遺跡で新たな壁画が見つかったのは約40年ぶり。

壁画は遺跡の東大仏から約1キロ東のダウティー地区の石窟で発見されており、傷みが激しいが、ブルーの背景に菩薩の頭部とみられる壁画がわずかに残っていた。5〜8世紀ごろ描かれたらしい。

壁画が見つかった石窟の位置は、バーミヤン遺跡とされる地域から外れており、調査に当たった同研究所の山内和也地域環境研究室長は、「バーミヤン遺跡の範囲が従来考えられている以上に広いことが確認された。大仏の周辺に限っていた調査を、今後はバーミヤン谷全体に広げることが必要だ」と話した。

アフガニスタンのバーミヤン遺跡は、昨年7月に国連教育科学文化機関(ユネスコ)が世界遺産に登録し、調査はユネスコの委託により、遺跡の保護計画作成の一環で実施した。
7月7日 ロンドン=共同

「反テロ口実 中国人権弾圧」 アムネスティ非難

国際人権擁護団体のアムネスティ・インターナショナル(本部ロンドン)は7日、中国政府が「テロとの戦い」を口実に、新疆ウイグル自治区で少数民族のイスラム教徒ウイグル族を弾圧していると非難した報告書をまとめた。
中国政府に人権弾圧をやめるよう改善を求めた。
報告書によると、同自治区政府がここ数年間、爆破や暗殺事件が起きていないと主張しているにもかかわらず、過去3年間で数万人が「反テロ」の容疑で捕らえられた。

中国政府はさらにモスク(イスラム教礼拝所)や宗教関連の学校の閉鎖などイスラム教への弾圧を強めている。アムネスティは「現在の抑圧の度合いは、ウイグルの文化や宗教的独自性を危険なまでに圧迫している」と非難している。

カザフスタンやネパールなど周辺諸国に逃れるウイグル族も多いが、中国政府は本国に戻すよう各国に圧力をかけている。本国に戻されたウイグル族は、暴力や拷問など深刻な人権侵害を受けたり、処刑されることもあるという。
7月4日 (北京=時事通信)

漢代の中国内陸 欧州系人種居住 青海省で人骨発見

新華社電によると、中国内陸部、青海省の東部で発見された後漢時代(紀元後25〜220年)の墓地から、ヨーロッパ系の人種とみられる三体の人骨が発掘されました。

中国では古代シルクロード沿いの新疆ウイグル自治区で同種の人骨が発見されていますが、その東端に近い同省で見つかったのは初めて。埋葬の形式などから現地に居住していたとみられており、東西の人的交流史の空白を埋める発見としています。

三体の人骨は、工場建設予定地で見つかった墓地の2ヶ所から発見されました。中国社会科学研究院考古学研究所の専門家は「骨格の特徴は明らかに欧州系」と指摘。埋葬は典型的な後漢時代の様式で行われ、埋葬された人物が長期間居住し、暮らしも中国化していたことを示しているといいます。

シルクロードを通じた東西の接触は前漢時代(紀元前220〜紀元後8年)とされており、人々の交流もその直後から活発化していたことになります。

☆中国諸民族のうち、回族はチンギスハンの時代に中央アジアから奴隷として連れてこられた人たちの末裔だとの言い伝えがありますが、いまだにその由来は不明です。
今回の発見がその解明の糸口になればと思います。一方で、回族は、海路広州から入ってきたという若手研究者の説もあります。

6月24日 読売新聞

海抜4700b 世界の屋根に鉄道 チベットで着工、来年にはラサまで延長

中国が大西部開発の目玉事業として建設を進めている青蔵鉄道(青海省ゴルムド〜チベット自治区ラサ間、全長1142q)のチベット側工区で、22日からレールの敷設工事が始まった。

「世界の屋根」のチベットにはこれまで鉄道がなく、レール敷設は史上初めて。

最初のレールが敷かれたのは、青海省境に近い海抜4700bのアムド駅。来年末には区都ラサまでレールが延びる予定だ。

青蔵鉄道は全路線の平均海抜が4500bで世界一。最高地点は青海−チベット境界のタングラ峠(海抜5072b)で、青海省内の約400キロ区間はすでにレールが敷設されており、2007年の全線開通を目指している。中国政府は計262億元(約3400億円)の建設費を投入する予定だ。

☆チベット以前に、新疆にもカシュガルまでの鉄道が通りましたが、チベットも含めて諸民族の共通した意識は、便利になったというほかに、「我々の祖国の地下資源を漢民族が奪い取っていくための鉄道だ」という捉え方もあります。
6月16日 信濃毎日新聞

数奇な運命 アフガン秘宝 解かれた封印

アフガニスタンの首都カブールの大統領府内の一室でこのほど、今年5月に封印を解かれた「バクトリアの黄金」の新しい文化財目録作成作業が行われた。

6つの大型金庫に納められた品々は、一つ一つ丁寧に取り出され、黙々と数量や品目の確認が行われた。発掘時の目録と一致するとスタッフから歓声と拍手が起きた。

内戦をくぐり抜けた黄金の輝きは2千年の長い眠りからようやく覚めたかのようだった。


6月8日 読売新聞

中国、独自の反テロ包囲網 上海協力機構で協調訴えへ 新疆自治区独立派を警戒

中国が中ロ及び中欧アジア4か国で構成する「上海協力機構」を通じ、中央アジア全域を視野に入れた反テロ包囲網の構築を急いでいる。

胡錦濤・国家主席(党総書記)は6月8日からの東欧三カ国歴訪のあと、ウズベキスタンのタシケントで17日に開かれる同機構首脳会議に出席。会議に特別参加するアフガニスタンのカルザイ大統領らと会談、テロ封じ込めに向けた協力強化を協議する見通しだ。

今回の首脳会議の目玉は、同機構の常設機関である地域テロ対策機構(本部・タシケント)の正式な発足式を行い、加盟国間の反テロ協力を本格始動させることにある。今年1月の北京への事務局設置に続き、これで常設機関の整備を一応完了する。

特に、新疆ウイグル自治区の分離独立運動を抱えている中国は、新疆独立派のメンバーがかつてタリバン政権下のアフガンで軍事訓練を受けていたと見ており、内外のテロ組織の連携強化を強く警戒している。このため、胡主席はカルザイ氏との会談で、反テロ問題での協調を強く訴える予定だ。

上海協力機構 中国、ロシア、中央アジア4か国(カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン)が2002年6月、上海で首脳会議を開き設立した地域協力組織。首脳会議を毎年開き、安全保障、経済、文化を含む総合的な地域協力に取り組む。事務局は北京。

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