
| 第4回シルクロード講演会(2010.11.14)の報告 | ||
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11月14日日曜日。狛江市は年に一度の「市民まつり」の日でしたが、私たち日本シルクロード文化センター主催も、年に一度の「シルクロード講演会」を開きました。 <報告:野口> | ||
| 第4回シルクロード講演会のお知らせ | ||
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場所は泉の森会館 3階多目的ホール(狛江駅北口徒歩1分)です。 いつものシルクロード講座の会場と異なりますので、お間違いの無いよう、お越し下さい。 お知らせ:ARZUさん(旧姓アルズグリ)が急に来日できなくなりました。楽しみにされていた皆さん、申し訳ございません。 | ||
| 第3回シルクロード講演会(2009年11月7日、狛江市中央公民館)報告 | ||
| 日本シルクロード文化センターが、毎年1回開いてきた「シルクロード講演会」ですが、今回は事務所のある狛江市の中央公民館で開催し、1都3県から36名の方々が参加されました。
まず会員が撮影してきたシルクロードのスライドでイメージを膨らませて、いよいよ講演。 講師はカナダ在住のウイグル人研究者であるアルズグリ先生で、歴史、民族、言語、文化圏など多岐にわたる話を流暢な日本語で話して下さいました。 1時間の予定の講演が、フロアからの質問も交えながら2時間にわたる熱演になりました。
はじめに最近テレビ番組で、アルズグリさんのふるさとであるトルファンのアスタナ遺跡から約3000年前のどんぶりに入ったうどんの化石が見つかり、トルファンがうどんの原産地であることが証明されたという話を、とても嬉しそうに話されました。ウイグルの仏教文化が栄えたのは1世紀から10世紀で、その後イスラム教が入ってきて現在に至っていること、仏教は砂に水がしみ込むように自然に受け入れられたが、イスラム教は、オアシスの領主をまず改宗させて、その領民をイスラム教にしてしまう強引なものだったこと、イスラム教を受け入れるまでに400年の戦いがあったことが話されました。 仏教以外にも、マニ教や景教の影響もあったこと、オアシス毎に異なる言語、文字を使っており、カロシュティ文字、サンスクリット文字、トハラ文字、ソグド文字、チベット文字、古代ウイグル文字など多様な文字があったそうです。 これまで日本の研究者が、ウイグルの地には4つの文化圏があると指摘してきましたが、アルズグリ先生は、オアシス毎に異った言語、文字、風俗習慣を持っており、1)カシュガル、2)ホータン、3)クチャ・キジル、4)ロプノール、5)トルファン・ハミ、6)敦煌の いわゆる「6つの文化圏」論を提示しました。 ウイグルの仏教遺跡は、これまで3つの破壊にあってきた、それはイスラムによる破壊、列強各国探検隊による発掘や文物の持ち去りなどの破壊、最後は文化大革命による破壊でした。 現在仏教遺跡の発掘調査はほとんど行われておらず、まだまだすばらしい遺跡がタクラマカンの砂の下に埋まっているに違いないというお話でした。 また、仏教文化の遺跡があるからこそ、世界中から人が見に来ることによってウイグルが知られて行くこと、 さらに、今年7月5日のウルムチの事件は、1万人ものウイグル人が「消えた」大変悲しい事件だったが、これは、ある意味ではウイグルの新しい歴史を創り出す事件でもあったという指摘をされました。 これには、かねてからシルクロードの古代仏教に関心のあった参加者からも、「私はあの事件後、何人ものウイグル人から意見を聞いたけれど、そのような視点からあの事件を見る意見は初めてだ。大変すばらしい」、との意見も出されました。 ご紹介できないほかの貴重な質問や意見も含めて、講演者と聴講者が一体となって意見を交わしあい、疑問を解決していくという、内容の濃い、しかも和気あいあいとした集いとなりました。 最後に、会代表から来年の月1回の「シルクロード講座&サロン」のおおまかな年間の講師とテーマが紹介されるとともに、2010年のシルクロードツアー(概要)の計画も提示されました。 | ||
| 第3回シルクロード講演会のお知らせ | ||
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| 第2回シルクロード講演会報告 | ||
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2008年11月8日(土)新宿で開催した「シルクロード講演会in中村屋」は、40名の参加で成功裏に終了しました。 集いは、伊藤則子日本シルクロード文化センター副代表の司会、同副代表三浦二郎の開会のあいさつで始まりました。
プログラムの最初に、2人の美しいウイグル人女性留学生と巧みな踊りを見せる男性ウイグル人による、ウイグルの民族舞踊が披露されました。続いて、共催団体の(株)ピコ の代表取締役戸井川裕美子さんの挨拶、同社社員のタシ・ヌルムハンマドさんによるシルクロードツアーの写真入紹介、野口日本シルクロード文化センター代表によるチベットツアーの紹介がありました。参加者は美しいシルクロードとチベットの写真に魅せられながら紹介を聞いていましたが、早速、「参加したい」という申し出がありました。 次に、この集いのためにはるばるカナダから出席された、グリ・アルズグリ先生の講演 がありました。テーマは「世界から見たシルクロードのロマンとウイグルの現状」と題して、参加者も舌を巻くほどの巧みな日本語と完璧なレジュメを基にして話されました。
お話の内容(レジュメ)は別掲していますので、ご覧ください。講演後、会場の参加者の皆さんとアルズグリ先生と日本シルクロード文化センター代表の野口信彦とによる質問と意見交換が「鼎談」方式で行われました。 アルズグリ先生の日本語能力を賞賛する発言に続き、様々な質問と意見が取り交わされました。なかでもアルズグリ先生が強調された「シルクロードを『線』ではなく、『面』としてみること」、「シルクロードを西から見るとどうなるか」などの、新しい視点にたいする同感の意見が出されました。 野口代表は、北京オリンピックを契機に国際的な話題になった、ウイグルやチベットの、いわゆる「分離独立運動」に関する意見を述べました。内容は下記の論文に基づいたものです。 | ||
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| 「世界から見たシルクロードのロマンとウイグルの現状」 グリ・アルズグリ |
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| シルクロードとは |
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| 西域文明発展の三つの段階 |
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第1段階=「萌芽期」 |
| 仏教の東漸とセランド(西域)の六つの文化圏 |
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シルクロードを見る見方について、中国・朝鮮・日本は、シルクロードを東側から見るが、私が西側から見ると、以下のような六つの文化圏に分けることができる。 (1) カシュガル(疎勒)文化圏 タクラマカン砂漠の西にあり、西域北道と西域南道の西の交差点に位置している。トウムシュク・マラルバシ、ヤルカンドまでの三角形の地域を中心とし、パーミル高原とタシュクルガンに至る広い地域を示す歴史的場所。 この文化圏にある歴史的な場所「アッパク・ホジャマーザル」に、仏教の様子が見られる。 (2) ホータン(和田)文化圏 タクラマカン沙漠の南縁に位置し、西域南道沿いのグマ、カラドン・ダンダンウィリク・ケリヤ・ニヤ、チェルチェンまでの地域を中心にした広大なオアシスを示す。この地域は、一番初めに仏教文化を受け入れたため、仏教寺院や遺跡址がたくさん残されている。 もともと仏教遺跡寺院であった、コックマリム(庫克瑪日木・賛木廟)石窟とイマムアスム(伊瑪木阿斯木)古墳は、現在、イスラム教の聖地となっている。 (3) クチャ(庫車)・カラシャハール(焉耆)文化圏 タクラマカン沙漠の北、天山南麓中央部に位置し、西域北道の中間にあるアクス、クチャ(亀茲)・カラシャール(焉耆)・ショルチュク地域を中心とした場所を示す。 仏教美術のふるさとなる「亀茲国」と仏教文化の「花」となる飛天はこの文化圏の象徴である。 (4) ロプノール・ローラン(楼蘭)文化圏 タクラマカン沙漠の東西に位置し、トルファン・ホータン文化圏にまたがり、西域北道と西域南道を結ぶクロライナ(楼蘭)・ロプノール・ミーラン(米蘭)、チャルクリク地域を中心としたロプ沙漠地域を示す。 この地域の代表的な場所であるザグンロク(扎滾魯克)古墳群とチェルチェン(且末)に残る仏教の足跡とトグラクムラ(托乎拉克)莊園_チェルチェン(且末)は、仏教文化の跡として残っている。 (5) トルファン(吐魯番)・ハミ(哈密)文化圏 タクラマカン沙漠の東、タリム盆地とジュンガル盆地の中間に位置し、西域北道と西域南道の東の交差点、草原の道と西域北道沿いのトルファン・ハミから敦煌(沙州)までの地域及びチョル・タグ沙漠を中心とした場所を示す。仏教国となったトルファンに残る仏教寺院「吐谷溝(トヨク)」は、現在イスラム聖地となっている。さらに、ハミ(哈密)にあるイスラムの墓「ケイス墓」にも、仏教の様子が見られる。 (6) 敦煌文化圏 敦煌文化圏は、ロプノール・楼蘭文化圏とトルファン・ハミ文化圏の東に位置し、草原の道(ステップルート)、西域南道と西域北道が合流する場所である。南はアルトゥン山、西はミーラン・楼蘭地域、北はハミ、東は玉門関につながり、柳園、現在の敦煌、安西地域を中心とする場所。 |
2008年第2回講演会のお知らせ
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第1回「シルクロードの講演と踊りの集い」が大成功しました!
ありがとうございました。
友人の皆様 2008年4月13日 日本シルクロード文化センター代表・野口 信彦 |
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