日中友好新聞連載シリーズーシルクロードの光と影
第 15 回
ロプノール・クロライナ(楼蘭)文化圏の人びと
セランド=西域のロプノール・クロライナ(楼蘭)文化圏は、西域北道と西域南道を結ぶロプ砂漠地域にあります。

13世紀頃からイスラームが伝わりましたが、ロプノール人は点在していたため、18世紀になってから普及されたといいます。

大谷探検隊の橘瑞超隊員は『中亜探検』の中で次のように書いています。
「この地域に住む土人をロプ人というが、人種の系統からいえばトルコ人に相違ない。言語の点では正統なトルコ語とはかなり違っている。いずれにしても彼らは、いつの時代か他の人種と混血したものと思われる。この地の土人は野生の羊を捕らえて乳を搾り、あるいは川を泳いでいる名も知らぬ魚を捉えて食べたりしながら、なんとか生命をつないでいるにすぎない」。

小中華思想でモノをみると、彼ら先住民は動物に近い生活を営んでおり、野蛮で文明からはるかに遠い人種とでも映ったのでしょう。橘瑞超のこの考え方はいわゆる「先進文明国」の者の考え方です。果たして文明の発展だけが人を幸福にするのでしょうか。

1820年代までロプノールには学校もモスクもありませんでした。1880年にはトルファンから、1920年にはカシュガルからイスラームの指導者がきて、初めての寺子屋をつくり、イスラームを本格的に教え、宣伝しはじめました。

ロプノール人はおおらかで、お互いに尊敬しあい、見知らぬ人でも一人ぼっちにさせない、知らないところへ行っても、すぐに新しい環境にとけこんでいき、ストレスも知りません。牛、ロバ、羊などが1〜2週間戻らなくても心配しません。いつか帰ってくるだろうと思うからです。また忙しいということも知りません。ですから長生きする人が多く、140歳の人もいたといいます。文字による記録はしませんが、口伝の歌や俳句、短歌が上手です。

このことからもこの文化圏は漢民族や外部の部族に管理され、守られてきたものではなく、ずっと大自然に囲まれ守られてきたことがわかります。すぐれた文化や諸遺跡を自然のままに残し守るには、数千年前から乾燥地帯に守られてきたがゆえに、人の手による保護は不必要だったのです。

どうです?年間6〜7千人の交通事故死亡者、3万人をこえる自殺者のいる、我が「先進文明国」日本。ストレスや生活不安にさいなまれている我が日本の私たちにとって理想郷と映りませんか?

ロプノール・楼蘭地域は、争いのない、平和で静かな生活が長寿を生み、人びとの幸福を育んできたのです。今はだいぶ様変わりしていますが・・・。

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